大判例

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東京高等裁判所 昭和23年(ネ)115号 判決

控訴人

大橋眞一

外三名

被控訴人

右代表者

法務総裁

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴人等の当審においてなした新請求はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は「原判決を取り消す。控訴人等が日本の国籍を有しないことを確認する。もし右請求が容れられない場合には、内務大臣が、昭和十九年六月三日控訴人大橋真一に対し、同年三月十七日控訴人水谷收に対し、及び、昭和十七年七月三十一日控訴人小林せつ子に対し、それぞれなした日本国籍囘復の許可並びに東京都長官が昭和十九年十月二十六日控訴人山本〓に対してなした日本国籍囘復の許可はいずれもこれを取り消す。」との旨の判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

控訴人等代理人において、(一)控訴人等のなした本件日本国籍囘復許可の申請は、原審主張のとおり、いずれも強迫によるものであつてその強迫はいずれも控訴人等の自由意思を抑圧するに足るものであつたから、右許可申請は当然無効であり、かりに当然無効でないとしても控訴人等は、いずれも昭和二十三年六月三日被控訴人に対し右強迫を理由として右許可申請取消の意思表示をなしたので、本件許可申請はここに初めから無効なものとみなされることとなり、以上いずれにしても本件許可申請は初めから無効であつて、従つてこれに対してなされた本件内務大臣又は東京都長官の許可もまた当然無効であり、控訴人等はこれにより日本国籍を囘復するに由なかつたものである。すなわち、控訴人等は、現在日本国籍を有しないものであるのにかかわらず、被控訴人はこれを争い、又右は控訴人等の米国市民たる法律上の地位に影響を及ぼすものであるから、控訴人等は、ここに当審において新訴を追加し、被控訴人に対して、控訴人等が日本国籍を有しないことの確認を求め、もし右請求が容れられない場合には、予備的に従前どおり本件国籍囘復許可処分の取消を求める。(二)本件国籍囘復許可申請は、公法上の意思表示であるから、強迫による取消権の行使を許さないというのは当らない。同じく強迫による意思表示でありながら、私法上の意思表示については救済を認めるが、公法上の意思表示についてはこれを認めないというが如きは、不合理極まるものであり、憲法第十三條の精神に反するのみならず、本件のような国籍囘復許可申請にあつては、国籍法第二十六條所定の要件を具備するかぎりほとんど許可されるのが通例であつて、しかも格別公共の福祉に関しない事項であるから、国籍離脱の自由を認めた憲法第二十二條の精神からいつても、少くとも、右については民法第九十六條の適用ないし類推適用を認むべきである。(三)本来行政庁は、国の機関として国を代表して公法上の行為をなすものであり、権利の主体は国であるから、行政庁の処分の取消を求める訴は、実質的には国の処分の取消を求めるものに外ならない。従つて控訴人等が本件許可処分の取消を求めるについて、被控訴人を相手方としたのは正当であつて、これをもつて正当な当事者の選択を誤つたというのは当らない。(四)日本国憲法の施行に伴う民事訴訟法の応急的措置に関する法律第八條但書は、右法律施行前になされた行政庁の違法処分の取消又は変更を求める訴には適用なく、かかる訴は、同條本文により、同法施行の時から六箇月以内に提起しなければなければならないのにとどまるのであるが、控訴人等が本訴を提起したのは、まだ右期間を経過しない昭和二十二年十一月四日であるから、何等違法の点はない。と陳述し、

被控訴代理人において、(一)本件日本国籍囘復許可申請が強迫によるものであることはこれを否認する。右はいずれも控訴人等の自由な意思に基いてなされたものである。(二)かりに強迫の事実があつたとしても、右はいずれも控訴人等の自由意思を抑圧する程度のものでなかつたから、本件許可申請は、いずれも当然無効でなく、又これを理由とする取消権の行使は、既にこれら申請に対する許可処分がなされた以上、その行政行為の公定力に基き、もはやこれを許さないのであるから、本件許可申請が初めにさかのぼつて無効となることもない。(三)以上いずれの点よりするも、本件許可申請は無効でなく、従つてこれに対してなされた本件許可処分も無効でないから、控訴人等は、右許可により囘復せられた日本国籍を現在も引きつづき有するものというの外なく、これを有しないことの確認を求める控訴人等の新訴は失当として棄却さるべきである。(四)なお本件許可処分の取消を求める旧訴については、既に処分の日から三年を経過し、出訴期間を経過しているばかりでなく、国を相手方としたのは、正当な当事者の選択を誤つたものであるから、不適法として却下せらるべきである。と陳述した外、すべて原判決事実摘示中控訴人等に関する部分と同一であるので、ここにこれを引用する。

証拠として、控訴人等代理人は、甲第一ないし第三号証の各一ないし三、六、第四号証の一の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)三、六を提出し、当審における控訴人大橋真一、山本〓、水谷收、小林せつ子の各本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人は、甲第四号証の一の(イ)(ロ)(ニ)及び三の成立は知らない。その他の甲号各証の成立は認める。と述べた。

理由

控訴人大橋眞一は、大正十二年五月二十八日アメリカ合衆國ロサンゼルス市において、日本人大橋眞三治を父として生れ、昭和十年二月二十五日その志望によつて日本の國籍を離脱喪失した米國人であつたところ、昭和十九年三月内務大臣に日本國籍回復許可の申請をなし、同年六月三日その許可処分がなされたこと、控訴人山本〓は、大正十一年一月二十日アメリカ合衆國モンタナ州において、日本人山本甚三を父として生れ、大正十四年七月二十四日その志望によつて日本の國籍を離脱喪失し米國人であつたところ、昭和十九年九月二十二日内務大臣に日本國籍回復許可の申請をなし、同年十月二十六日許可等臨時措置令第四條所定の経由官廳である東京都長官からその許可処分がなされたこと、控訴人水谷收は、大正十四年十月十七日アメリカ合衆國で日本人水谷亮逸を父として生れ、その際日本の國籍を留保する意思を表示しなかつたのでこれを喪失した米國人であつたところ、昭和十八年十二月三十日内務大臣に日本國籍回復許可の申請をなし、昭和十九年三月十七日その許可処分がなされたこと、及び控訴人小林せつ子は、大正三年十月十六日アメリカ合衆國ハワイホノルル市において、日本人小林善五郞を父として生れ、昭和九年七月三十一日その志望によつて日本の國籍を離脱喪失した米國人であつたところ、昭和十七年三月五日内務大臣に日本國籍回復許可の申請をなし、同年七月三十一日その許可処分がなされたことは、いずれも関係当事者間において爭のないところである。

控訴人等は、右控訴人等のなした日本國籍回復許可の申請は、いずれも強迫によるものであつて、しかもその強迫は、控訴人等の自由意思を抑圧するに足るものであつたから、当然無効であり、かりにそうでないとしても取り消し得べきものであると主張するので、この点を審究するに、当審における控訴人大橋眞一、山本〓、水谷收及び小林せつ子の各本人尋問の結果によれば、控訴人大橋眞一は昭和十四年中勉学のため日本に來り、早稻田大学專門部商科卒業後外務省の臨時嘱託として終戰まで勤務していたのであるが、在学中からしばしば憲兵の訪問を受け、又、友人から自分が憲兵隊のブラツクリストにのせられていることをきいて神経をとがらせていた矢先、昭和十九年三月頃、東京都外への旅行許可を求めるため警視廳に出頭した際、係官藤田某から「君等は早く國籍を回復しないと監禁する」といわれ、本件許可申請に及んだ事実、又、控訴人山本〓は、昭和十四年中、勉学の目的で日本に來り、昭和十九年千代田女子專門学校を卒業後日本放送協会に勤務していたが、在学中から外國人として、所轄警察署の取締を受け、日本國籍の回復をすすめられたこともあり、殊に、昭和十九年夏頃、淀橋警察署特高課員から、日本國籍がないのに、「日本人同樣食糧の配給を受けるのは図々しい。今までは学生として大目にみていたが、卒業後は配給を止めるかも知れない。」といわれ、本件許可申請に及んだ事実、なお、控訴人水谷收は、昭和十一年一月頃日本に來り、昭和十七年七月頃から名古屋市において自動車運轉手をしていたが、笹島警察署並びに憲兵隊からしばしば出頭を命ぜられて注意を受け、又、日本國籍をもたないで縣外に出ると監禁されるから回復手続をした方がよいといわれたので、本件許可申請をなした事実、又、控訴人小林せつ子は、昭和十六年十一月太平洋戰爭勃発直前母を見舞いに日本に來たのであるが、戰爭のためアメリカに帰ることもできず止むなく母の住所である富山市に滯在中、外國人であるため所轄警察署から種々取締をうけ、又折角東京の聖路加病院に就職口がきまつたが、日本國籍をもつていないため、容易に富山縣外に出ることができなかつたため、本件許可申請に及んだ事実を、それぞれ認めることができる。そして、本件のような國籍回復許可の申請をなすについては何人にも強要されず、又、何事にも拘束されず、自由な意思の下に、判断し、決定し、行動するのが望ましいことであり、又、控訴人等が本件許可申請をなした当時は、太平洋戰爭中で、日米互に死闘を交えていた頃であり、この間に処して、控訴人等いわゆる米國籍を有する二世達が、父祖の國日本と自己が生をうけた米國との間にはさまれて、すこぶる多難苦もんの境遇にあつたことは、推察に難くないところであるが、他面戰爭中、控訴人等が米國籍を有するかぎり外國人殊に敵性人として、公私の生活上において制約をうけ、警察、憲兵隊等の取締の対象となることは、止むを得ないところであるから、日本官憲に確たる強迫の故意、すなわち、控訴人等にいふを生ぜしめ、このいふによつて、本件許可申請をなさしむるという故意の認められないかぎり、控訴人等が、前認定のような処遇をうけ、あるいは、日本國籍の回復を示さしようようされて、主観的に多少意思の拘束を感じた事実があつたからといつて、これをもつて直ちに日本官憲が控訴人等を威圧強迫したということができず、ひつきよう右控訴人等本人尋問の結果その他本件にあらわれたすべての証拠によるも、未だ控訴人等主張の強迫が、控訴人等の自由意思を抑圧する程度のものであつたことはもとより一般取締のらちを越えて強迫と目すべきものであるという事実すら、認めることができないものといわねばならぬ。しかしながら、控訴人等が、本件許可申請をなすにいたつた動機、縁由は前認定のとおりであり、なお、控訴人等は、その本人尋問において、いずれも、内心米國籍の保持を希望し、これを失うつもりはなかつたと供述しているので、本件日本國籍回復許可申請は、あるいはかしある意思表示として取消の対象となるか、又は意思と表示との一致を欠くものとして無効であるという議論をするものがあるかも知れないので、一言するが、私人の公法上の意思表示は、それ自身單独で公法上の効果を生ずるものでなく、その意思表示に基いて國家の行爲が行われて初めてその効果を生ずるのであり、そして國家の行爲が既に行われた以上は、その行爲が公定力を生ずるために、たとえその原因となつた私人の意思表示にかしがあつたとしても、当然無効とみられないかぎり、國家の行爲の効力はこれによつて妨げられることなく、私人はもはやそのかし(たとえば強迫、詐欺)を理由として取消権を行使することはできないものといわねばならぬ。

控訴人等は、しきりに、憲法第十三條第二十二條を援用して、私人の公法上の意思表示、殊に本件のような國籍回復許可申請については、民法第九十六條の適用ないし類推適用あることを説いているが、その所説は、当裁判所のとらないところであり、又当裁判所のように解したところで、あながち憲法第十三條第二十二條の精神に反するものでもない。從つて本件許可申請において、前示のような事由があるとしても、これに対して、内務大臣または東京都長官の許可処分のあつたことは、前認定のとおりであるから、その國家意思の公定力の結果として、控訴人等は、もはや本件許可申請をかしあるものとして取り消すことができず、況んやその眞意と一致しないことを理由として、その無効を主張することもできないものといわねばならぬ。

叙上の次第で、本件許可申請が強迫によることは、控訴人等の証拠によつては、到底認めることができないから、これを当然無効であるということができず、又、強迫による取消権の行使も許されないのであるから、取消により初めから無効なものとみなされたということもできず、從つて、これに対してなされた本件内務大臣または東京都長官の許可処分もいずれも有効であつて、控訴人等はこれにより一旦失つた日本國籍を回復したものといわねばならぬ。そして、その後において、その日本國籍を失つたことについては、控訴人等の少しも主張立証しないところであるから、控訴人等は現在も引きつづきこの日本國籍を有しているものと認めるの外なく、控訴人等が現在日本國籍を有しないことの確認を求める控訴人等の当審において新に追加した第一次の請求は、理由がないから棄却すべきものである。

よつて進んで第二次の請求について判断する。控訴人等は、右訴訟において、本件内務大臣または東京都長官のなした日本國籍回復の許可処分を違法処分なりとなしてその取消を求めているのであるが、右は、日本國憲法の施行に伴う民事訴訟法の應急的措置に関する法律第八條所定の出訴期間経過後の提起にかかり、又、正当なる当事者の選択を誤つたものであつて、不適法であり、右けんけつはこれを補正することができないから、到底却下を免れないものである。すなわち、同法第八條によれば、本件のような取消の訴にあつては、当事者がその処分のあつたことを知つた日から六箇月以内にこれを提起しなければならず、又、処分の日から三年を経過したときは訴を提起することができないのであるが、控訴人等が本件取消の訴を提起したのは、昭和二十二年十一月四日であることは、記録上明らかであつて、その取消を求める本件内務大臣又は東京都長官の許可処分のあつた日から三年以上を経過していることは明白であるので、本訴はもはやこれを提起することができないものといわねばならぬ。控訴人等は同法第八條但書は、本件のように、右法律施行前になされた行政廳の違法処分の取消または変更を求める訴には適用なく、同條本文によるべきものであつて、しかもその六箇月の起算点は、戰爭非常時下になされた違法処分なることに鑑み、その状況の止んだとき、すなわち、同法施行の時から起算すべきものであると主張するが、根拠に乏しく、むしろ同條は、本文但書共に、同法施行前の行政処分たると、施行後の行政処分たるとを問わず、等しく適用あるものと解するを相当とすることは、同法附則に、これに関し何等経過規定のおいてないことからみて、首こうのできるところであつて、唯、同法施行前の行政処分の取消又は変更を求める訴については、かかる訴が日本國憲法施行後新に認められた訴であつて、本文六箇月の出訴期間は、当事者の処分があつたことを知つた日を起算点としている関係上、当事者が同法施行前に処分のあつたことを知つていた場合でも、その日を基準としないで、同法施行の日から起算するを至当とするが、その場合でもなお同條但書の適用はあるものというべく、このわくの範囲内で訴を提起し得るにとどまるものである。

なお、又、控訴人等は、國を相手方として本訴を提起しているが、およそ、本件のように、行政廳の違法な処分の取消を求めるには、当該処分をなした行政廳又はその事務を継承した行政廳を被告とすべきものであつて(行政事件訴訟特例法第三條は、このことを明定しているので、同法施行以後は、少くともかくあるべきである)。控訴人等が、國を相手方としたのは、正当な当事者の選択を誤つたものといわねばならぬ。もつとも、右過誤は、前記特例法第七條により、訴訟の係属中、被告を変更することによつて、是正せられるものではあるが、右変更のないかぎり、不適法なものというの外ない。從つて本訴は右いずれの理由よりするも不適法として却下を免れないものであつて、右と同趣旨に出た原判決は相当であつて、控訴人等の控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四條に則りいずれもこれを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき、同法第九十五條第八十九條第九十三條を適用して主文のとおり判決する。

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